火の扱いを誤ることなかれ

非常時、山奥やライフラインが途絶してしまった場合など、調理・暖房のために必要な熱を確保するには火を焚くことが一番単純で実行可能性が高い。ガスコンロやロウソク、オイルランプ等は大変便利なものであるが、それらの道具と燃料を装備しているかどうかに大きく左右されるために常時の備えが必要になってくる。焚き火であれば、薪炭の形で備蓄もするが、その辺りの木からも燃料が得られ、また瓦礫の中からも調達できる可能性が大きいために燃料の不安が少ない。その上、燃焼は複雑な道具を必要としない。焚き火台や炭火コンロ等があるが、これらは絶対必要なものではなく、燃焼効率を高め、また扱いやすくするためのものであるから、本質的には燃料だけで火を熾すことも可能なのである。単純で原始的であって、それゆえに最後の最後に利用できる可能性があるのがこれら薪炭の火であるのだ。

一方で、単純であるがそれがゆえに扱いが難しいという部分もある。ガスコンロなどではガスの供給を止めれば火は消える。ロウソクは吹き消せばよい。その後の火の始末の心配はないようなものである。しかし、薪炭により熾された火は少々では消えない。薪炭による火は後始末を間違えると、その道具無しでどこでも燃焼可能な性質から、悲劇的な出来事につながりうるのである。非常時の話ではないが、七輪の炭を無造作に捨てたために山火事にまで発展したケースもある。十分に気をつける必要がある。

どうしてそのようなことになるのだろうか。それは、燃料(特に炭)の燃焼温度の高さにある。焚き火を熾すのがが他の熱源と比べて難しいという事実はおおむね受け入れてもらえるだろうが、この難しさは燃料自体が燃え難いというところがあるのである。燃料なのに燃え難いというのは分かり難いかもしれないが、ガスやロウソクと比べての話である。ガスはそのままで、またロウソクは少しの熱でガス化し、そのガスに引火することで火が持続する。一方で薪はその成分が分解し、それにより発生したガスに火がつくことから始まるし、その後炭化した薪(熾(おき)という)が十分に熱されることで燃焼が維持される。炭の場合も他の焚きつけなどにより熱されることで燃焼を開始し、その熱が維持されることで燃焼を継続することが出来る。初めに多くの熱量を必要とするために燃えやすい小規模な火から少しずつ大きくするという工夫が必要なのである。

さて、ここで注目して欲しいのは、燃焼に高温を必要とするところである。この高温を維持するための熱量は、どこかしらに蓄えられなければならない。それはつまるところ、燃焼中の燃料そのものに多量の熱が蓄えられており、高温であるということである。したがって火の中から燃料を取り出したとしても、その燃料は燃焼中であり、その後も燃焼を継続する可能性があるということである。炭火をよく扱う人ならよく知っている話であるが、灰の中に埋まっていた炭を取り出し、息を吹きかけると再び赤々と燃え始めることがある。そこに焚き付けを載せて再び火を大きくするというテクニックもあるくらいであるから、可燃物を不用意に近づけてしまっていると、失火にいたる危険もあるということである。同様のことは燃料がない場合でも起こりうる。例えば炭を除去した七輪も、火を除けた直後であれば高温であり、可燃物を入れると燃焼を開始することがある。

こういったことから、薪炭の火、つまり焚き火や炭火を事故なく利用するためには十分な配慮が必要である。具体的にどのように気をつけるかであるが、これは極単純である。すなわち、十分に冷却されるまで安全を確保するということである。燃焼を開始・維持するために熱が必要であればそれをなくしてやるという単純なことなのであるが、確実に行うには注意深くする必要がある。揺らめく炎が消えるだけではなく、炭化して静かに燃えるものも十分に温度低下して、また火床となった部分や炉とした部分も冷却されねばならない。一番手っ取り早い方法としては、大量の水をかけるというものである。表面を冷却できていても内部まで冷却できなければ意味がないので、灰は水をかけてかき回すなどして確実に全体を水にぬれた状態にすれば火の危険はほぼない。次善の策としては、燃焼場所と(酸素遮断などによって火を止めた)燃料の保管場所に可燃物が近づかないようにすることによって安全を確保し、自然に冷却されるのを待つのがよいだろう。特に非常時では水の確保も大変であるから、この方法を取らざるを得ない場合もあるはずである。

火は、体を温め、安全でおいしい食事をもたらし、希望の光をもたらすものである。しかしながらその気性は時に激しく、全てを奪いつくすものでもある。どんなときでも火を友と出来るように、非常時に新たな厄災を引き起こさぬように、火の性質と扱いは十分に頭に置いておきたいものである。

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